「官」と「市民社会」
役所(官)がお膳立てする市民社会って、理屈として成立するんだろうか?
防災にしろ、防犯にしろ、市民参画の重要性を謳う論調は多いし、それ自体に異論はないけれど、そこへ行くためのロードマップが明快に示されている例を、不勉強にしてあまり知らない。
「官」あるいは統治機構とは、遠い昔を想像すれば、個々バラバラ(大きくともコミュニティの単位)で生きていけた人間が、人口を増やすに従い、必然的に生み出してきた「機能」であろう。 それがいつの間にか、人間(市民?)と対立的な存在に転化していく。
これは、「機能」と「実存?」の対立であり、非対称なもののように思える。
この対立の構造が、「人間」の進化を経ずして、弁証法的に進化できるのだろうか? 少なくとも、人間が実現する「機能」たる官の主導では、困難であるような気がする。
それはさておき・・・
> やはり地域での活用を考えると、「参加の障壁」がコミュニティの一体感を高める、という考え方は、当面は(ひょっとしたら永遠に)受け入れられそうにない・・・。
今朝ほど、笑太兄ぃのご意見に対して、寝ぼけ頭でゴチャゴチャ書いてたけど、ピンボケであったな(苦笑
要は愚痴なんですよね・・・申し訳ない。
ブログコミュニケーションだとかSNSだとか、分からないなりに、自分では結構入れ込んでるつもりなんだけど、周囲の反応を全然得られない・・・ってストレスから、上の引用のような既出の表現になった。
コンシューマーは元より、プロバイダー内でも、(そして一番痛いところだけど)パートナーにも、あまり理解してもらえない。 現状のシステムが使いにくいから手直ししろとか、運営側はもっと努力しろとかの「改善」要求は多いけど、現状を否定してしまいそうな「改革」に対しては反発が強い。 ま、当然といえば当然かな(苦笑
要は、私の理解不足、説得力不足のせいなんだけどね(汗
ちょっと疲れております。
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